知人との対話の中で介護職が職業倫理を醸成するためにはどうしたら良いかということで、「なるほど」と腑に落ちたことがあったのでまとめておきたいと思います。

日本介護福祉士会のHP動画の中では職業倫理を「専門職に期待される行動の倫理規範」と定義しており、「専門職がその期待に応え、実践する」ことと述べています。 http://www.jaccw.or.jp/about/rinri.php

日本介護福祉士会倫理綱領では前文に続き、下記の7つが掲げられています。 1、利用者本位、自立支援 2、専門的サービスの提供 3、プライバシーの保護 4、総合的サービスの提供と積極的な連携、協力 5、利用者ニーズの代弁 6、地域福祉の推進 7、後継者の育成

私はこれらに準ずる倫理基準(行動規範)はとても大切なことであると考えています。しかし、これらは行うべきこと、守るべきことであります。実はこれ以上に大事なことは、これらの行動や遵守すべきことを「行おう、守ろう」とする意識=倫理観の醸成だと考えています。 そして、この倫理観を個々の介護職が身に着けること、身につけさせることが重要だと考えています。しかし、それが難しい。

このような中で、冒頭の知人との対話の中でその醸成の方法とプロセスが浮かび上がってきました。

それは、良い介護と悪い介護を知り、その両軸と自分が所属する事業所の介護を相対的に捉え、そのことについて職場の人、外部の人、自分自身と対話していくことです。

自分自身を含め、周囲の老若男女の介護職の成長プロセスを伺っていると、下記のような構図があるように感じております。これはおそらく人的資源管理の研究などでも似たような傾向があると思いますが、とりあえずは経験則でのものになります。

①入職 →②がむしゃらに現場 →③現場での違和感 →④違和感の要因に対する発見・ショック →⑤学習向上フェーズ ⇆ ⑥現場改革・行動変容 →⑦違和感の解消や成長 or 失敗と挫折 →⑧同組織での成長、次なる③ or 転職

この中で④のきっかけとなることは下記の6つなどが想像されます。 ・先輩、同僚、職場での対話 ・書籍、ネット記事や動画 ・研修での講師、登壇者の発信 ・研修、イベント等における受講者、参加者同士の情報・意見交換 ・実際の他現場の見学、体験 ・他業界人の友人、親類などからの情報や意見

これまで、よく見聞きする④に対する大きな声は「こんなすごい介護が行われている事業所・施設があることを初めて知った」「講師の話を聞いて、現場で感じていた違和感の正体がわかった」「見学へ行った先の介護がまさに自分がやりたい介護だった」「こんなすごい介護をやっている人の元で働いてみたい」「海外の取り組みを知ってすごいと思った」など、自分の現在地より斜め上の出会いによって「より良い介護」「今とは違う理想的な介護」に向けて自分の現場を変えたい!となるプロセスです。 私もこれまで、大きな成長・変化のきっかけとなるのは斜め上の出会いであり、これが倫理観を醸成することだと思っていました。

しかし、実は、斜め下の出会いも重要なのではないかと対話の中で気付いたのです。

例えば、見学へ行った事業所や施設が利用者に対して酷い言葉遣いをしている、不適切ケアが行われている、見学へ行っても職員が挨拶をしない、ストレスフルな状態が見て取れると行ったこと。他には、研修でグループワークをした時にある参加者が「ニンチが入っている」と言ったり「マジで人がどんどん辞めてて私も辞めようと思ってる」「施設長がマジ最悪で」などのネガティブな場面や声を見聞きすると言ったことです。

実は、自分の立ち位置は、「理想的な介護」と「今の自分の職場」という二項対立だけではいけないのです。二項対立にすると、どうしても理想的な介護の方が優っているように見えますから「うちの職場はダメだ、うちの管理者がダメだ」と比較してしまいがちです。 これに対して「ネガティブな介護」を知ることで、自分の事業所・施設が相対的にどの位置にいるかが立体的に位置づけることができるようになります。また、「良い介護」も「ネガティブな介護」も1つずつという3点ではなく、複数を知ることで、より自分の職場の位置付けを客観視できるようになるでしょう。 いわゆる「うちはまだマシ」「うちはまだここがダメ」という感覚をつかむことです。

そして、その上で、立体的に位置付けられている自分の職場を、内外の人や自分自身との対話を経て、単なる「あそこはいいよなぁ」「あいつらよりはまし」ということではなく、自分自身の職場の建設的な課題として昇華していける可能性が出てくると思います。 (この対話相手や課題分析の方法の良し悪しは大変重要ですが・・・)

このような方法とプロセスによって、「あのようなネガティブな介護に陥ってしまう要因はなんだろう?自分たちはそうならないためにはどうすれば良いだろうか?」「良い介護を目指すために自分たちが取り組むべきことはなんだろうか?逆に良い介護の中に潜む課題や、自分たちが強みとすることはなんだろうか?」と考えて、向上させていこうとする倫理観が醸成されるのではないかと思うのです。

つまり、大事なのは「ネガティブな介護」を知ること。です。

とはいえ、これはこれで難しいもの。 ドロドロのSNSのネガティブな愚痴の渦に飛び込むことは得策とはいえません。 良い介護現場を見学に行こう!はできますが、悪い介護現場を見学へ行こう!はなかなかできるものではありません。悪い介護との出会いは偶然の産物。だからこそ、今まではなんとなく、良い介護と自分の職場の二項対立しか意図的に作れなかったのではないかなと思いました。

そこで、重要になってくるのが「歴史に学ぶ」ということです。 我々がどのようなネガティブな介護を行なってきたのか、過去にあった事件や事故、その背景はなんだったのかという過去に学ぶという姿勢です。

私自身が最近、特に介護福祉史への関心が高まっていたのはこのような背景だったのかもしれないと、合点がいった次第です。

良い介護とネガティブな介護から今の自分を相対的に立体的に捉え、良い介護を目指そうとする倫理観の醸成とする。そのために後者においては歴史、過去に学ぶという手法が有効なのではないかと考えました。

※本稿は、金山峰之さんからの寄稿記事です。2020年10月29日にご自身のブログ「介護の専門性新提案」において掲載した内容を、一部編集のうえ掲載しています。