私は介護福祉の仕事は『利用者の求めにNOを突き付けたり、利用者のNOに踏み込んでいくことがある』という一つの特徴があると考えています。

後者のNOに踏み込むというのは、その人が「嫌だ、やりたくない、できない、してほしくない」ということを表出しているのに、それでも「してもらったり、受け入れてもらったり」することをこちらから求めることです。 予測や判断や踏み込み方を間違えると、単なる“押し付け”“余計なお世話”になり、信頼関係を崩してしまうばかりか、その人のQOLを下げることにもつながりかねません。

ですから私たちは「いかに踏み込むか?」という方法論、すなわちコミュニケーションスキル等を学ぶわけです。 しかし、スキルだけでは踏み込めない、ましてや人は動かない。。。

わかってはいるけど、そんな当たり前のことを利用者さんから教えられました。今日はそのことについて書いてみます。

Aさん60代男性要介護4。脳梗塞後遺症で片麻痺です。身の回りのことはなんとか自分でできる方ですが、デイサービス利用時以外は家で横になり、生活不活発病が進んでしまってきています。 Aさんは奥様と二人暮らし。奥様は働きに出ていて、Aさんは自分が働けないこと、奥様に迷惑をかけていることに申し訳ないという思いを持っている方です。

デイサービスでも最近はあまり動かず、一日指定席のソファに座っていることが多いです。

以前は気持ちを盛り上げたり、足浴などをしてから活動に参加されていました。 Aさんはレクなどに誘ってくれる仲良しな方が多く、以前は仲間で会話したり、楽しんでいらっしゃいました。

しかし、ここ最近は頑として動かず、スタッフの誘いも、お仲間の誘いも断り、険しい表情で一日を過ごすことが多いです。 Aさんの隣に座って傾聴しようにも「お願いだから放っておいて。もういいからあっちへ行って」と傍に居られることも嫌な様子。

かかりつけ医や看護師、私たちスタッフの間で、Aさんの現状は何らかの疾病によるものではなく、生活不活発病と心理的なものだろうという見方です。

Aさんに想いを吐露してほしいですし、生活不活発病がますます進んでしまうことを危惧し、私たちは何とかアプローチを試みていました。 しかし、何もしない、他者を受け入れられないAさんの現状に私たちは頭を悩ませていました。 まさしく『AさんのNOに踏み込んでいきたくても踏み込めない』状態だったのです。

さて、話は変わりますが、当法人では制度改正に伴い、法人の事業改革、スタッフの激しい入れ替わりなどが目まぐるしく起きています。 私はこの変革の中で、上司、同僚スタッフと意見の食い違い、など関係性の衝突を経験していました。 想いや方向性は一緒のはずなのですが、実務レベルですれ違いやコミュニケーション不足があったのです。 どうにもうまくいかない自分と周囲の関係にいら立ちを覚えていました。

ある日、私はいつものようにAさんがジッと座っているソファの横に座りました。 Aさんにアプローチするというのではなく、・・・正直、疲れていたのです。Aさんの隣でぼーっとAさんと同じ方向の空(くう)を見ていました。

(利用者さんの隣で自分の私情に支配され、ブーたれていた私は、対人援助職としてはありえません)

そして、私は独り言のようにAさんに愚痴り始めました。。。 さんざん愚痴って「悩みって尽きないですね・・・ハァ。。。」

しばらく間があり、静寂が漂いました。

するとAさんがふと言葉を発しました。 「素直って難しいよなぁ」

私「え!?」

Aさん「素直になれば楽になれるのになぁ。素直になれないから人間苦しむんだよなぁ。わかっているけど素直になれないんだよなぁ。。。。おれもあんたも一緒だな」

なんだかわかりませんでしたが、私は緊張の糸が切れたようにAさんの隣でポロポロと涙がこぼれました。 するとAさんも目に涙を溜めて、一筋涙を流していました。

私「Aさんも素直じゃないんですねぇ。苦しいですね」

するとAさんと私は二人で笑っていました。

私「Aさんところで、最近運動してないじゃないですか?午後体操でもしませんか?」

Aさん「そうだねぇ。たまにはやろうか(笑)」

私たちスタッフは色々なAさんに関する情報を集め、観察し、Aさんの不満や不安の仮説を立てていたつもりでした。 おそらくその見解は当たらずも遠からずなものだったと思います。

しかし、Aさんの気持ちや現状を理解しているつもりになっていても、実際にAさんに踏み込めなければ現状は変わらないし、何も前に進まないのですね。

その踏み込めた、いえ、気持ちが通じたきっかけは、Aさんを支援したいという意志や、専門職としての知性ではなく、同じ人間としての情だったのです。

先日、法人で『ナースビーンズ2004増刊号』p124~を題材に勉強会を行いました。 その中で『愛は脳を活性化する(岩波書店)』の内容が引用されていました。 以下引用してみます。

「松本元さんという人工知能などを研究されていたコンピュータ学者の方が書かれている本で「情こそが脳を働かせる」とありました」 「人は、情が受け入れられて、それによって意欲が上がり、脳の活性化が高まる。それから次にようやく知が働き「やってみよう」となる」 「単に事実や考えだけが交流されている時ではなく、感情にしっかり焦点があてられている時なんです」 「相手の行為の発露となっている感情を理解できること、それは相手に対して強い関心がないとできません」

今回のAさんの件は、私がAさんの感情に焦点を当てた傾聴をしたのではありません。逆です。 Aさんが隣で愚痴って弱っている情けない私の感情に焦点を当てて、私の想いを察して「素直って難しいよなぁ」とおっしゃってくださったのです。

自分がされてみて、自分はAさんの感情にどれだけ焦点を当てていただろうか?AさんのNOに踏み込むことばかりを考えていたのではないだろうか?AさんのNOにNOの背景にもっと焦点を当てるべきだったのではないだろうか?

そんなことを感じました。

まだまだまだまだまだまだ、未熟で専門職気取りの私は、今回も利用者さんに大切なことを教えられたのでした。

※本稿は、金山峰之さんからの寄稿記事です。2012年2月21日に、ご自身のブログ「介護の専門性新提案」において掲載した内容を、一部編集のうえ掲載しています。