介護情報誌「Bricolage」(七七舎)2018年新年号に掲載された「介護現場から—駒場苑の入浴改革(坂野悠己)」全文を3本の連載記事でご紹介します!

坂野悠己(さかの・ゆうき) 東京都・総合ケアセンター駒場苑 施設長補佐(現施設長) 学生時代にアルバイトで偶然入った特養ホームで経験した劣悪な介護への憤りを源に施設改革に取り組む若きリーダー。 大胆な発想と実践で介護現場から圧倒的な支持を集めている。


前回:介護現場から—駒場苑の入浴改革①

2010年のお風呂

私が入職したときの駒場苑のお風呂は、特浴2基、リフト浴1基、プールのような階段で降りて行くお風呂1基でした。 このプールのようなお風呂に入れる人はいなくて、全員がリフト浴か機械浴でした。 入浴は週2回、入浴のある日は職員を多く配置して一気に入れていました。 浴室は、脱衣室が真ん中にあって、左右に特浴とリフト浴がある構造だったので、真ん中の脱衣室で、肩からタオルをかけた裸のお年寄りが常時5、6人待っている感じです。 リフト浴の横に洗い台が5、6台あって、そこで一気に身体を洗うんです。 洗い終わった人からリフトに乗るのですが、ほとんど同じときに終わるので、シャワーをかけられながらリフトが空くのを待ちます。 リフト浴の横には3分の砂時計が置いてあって、浸かった瞬間、砂時計をひっくり返して、3分たったら強制的に出すという感じ。 本人の好みの時間ではありません。 そうでもしなければ1日で終わらないのです。 お年寄りは座位がとれる人のほうが多かったので、どうしてもリフト浴に集中します。 だから、座位がとれるからリフト浴なのに、特浴に入ってもらうこともありました。 歩いてストレッチャーに乗って横になって全介助で洗われていたんです(笑)。

2010年の駒場苑のお風呂____プールのようなお風呂とリフト浴。何とも殺風景な光景だ

なぜ機械浴はいけないのか

私が機械浴はよくないと思う一番の理由は、お年寄りができることをやらないことでどんどんやれなくなっていくからです。 リフト浴は機械が浴槽に入れてくれて勝手に上がってくるから、一見楽そうに見えますが、「楽」ととらえないで、「動いていない」ととらえるべきだと思っています。 普通のお風呂では浴槽をまたいで入るわけですが、リフト浴ではその必要がないからやらない。 そして、やらなくなったことはやれなくなるんです。 機能はどんどん失われていって、脚を上げることができない人になってしまうのです。 身体を洗うこともそうです。 リフト浴では自分で身体を洗うことができません。 やれることをどんどん奪ってしまっている。 こんなに動かないで済むのだから重度化は進むはずだと思いました。 お年寄りの多くは機械浴を怖がっていました。 職員が作業しやすいようにストレッチャーを高くしてお年寄りの身体を洗うでしょう、あの高さでお尻を洗うために身体を横に向けさせるのですからね、そりゃ怖いですよ。 認知症の人は、新しいことは覚えられないので、お風呂こそ昔ながらの普通のお風呂がいいのです。 認知症の深い人が風呂桶を渡されて、ごく自然にお湯をくんで自分の身体にかけたりするとなんだかうれしくなります。 お風呂だということを身体が認識しているんでしょう。 それが認知症ケアにもなるので、普通の生活を提供するのは大事だなあと思います。 機械浴は日本人が思っているお風呂ではない、これが機械浴がいけない2番目の大きな理由です。

次回:介護現場から—駒場苑の入浴改革③


七七舎主催 新・髙口光子の元気が出る介護塾 お申し込み受付中です!

お申し込みは七七舎ホームページから!

※ Bricolageの定期購読はこちらから