世間では介護職の離職や定着について取り沙汰されることが増え、如何に魅力ある業界にしていくか、などについて議論がなされています。

私は一介護職であるので、そうした課題に対する政策等に関わるわけでもなく、しかし、現場職でもあるのでその課題への関心は高いものです。 介護の人材難をお風呂の水に例えると、私は蛇口を全開にして水を大量に入れることよりも、外れっ放しの風呂の栓の穴をいかに小さくするかという方に関心があります。

なぜ介護職は辞めてしまうのか。

介護労働安定センターの平成24年度 介護労働実態調査結果についての直前の介護の仕事を辞めた理由によると、1位の『職場の人間関係に問題があった』に続いて0.2ポイント差で『法人や施設・事業所の理念や運営のあり方に不満があったため』が2位でした。

1位についてはまた書くとして、今回はこの2位の理由について考えてみたいと思います。

こうした法人・事業所の理念と現実が違うという不満に対し、風呂の栓の穴を小さくする方法として、私が最も大切だと考えることの一つは『デスカンファレンス』です。 利用者さんが亡くなられた後に職員でそのケアのあり方や、その方への想いを共有し、見つめて、これからのケアに活かしていくという振り返りのカンファレンスです。 開催の目的の置き方によって、教育、育成、チームビルディング、離職防止、メンタルケア、目標設定、モチベーションアップ等様々な効果を期待できるものです。 多くの実践者がその重要性を訴え、大切にされているものだと思います。

なぜ、デスカンファレンスが『法人や施設・事業所の理念や運営のあり方に不満があったため』という離職理由への対策として大切なのでしょうか。

理由は3つです。

1.自分たちが提供してきた一連の仕事の評価になるため。 2.年齢、経験、職種などが異なるスタッフ同士のケア観を知る場になるため。 3.仕事内容と、個々スタッフのケア観がオープンになったところで、法人・事業所理念との差異を反省するため。

具体的に評価可能なクレド等を掲げているところもありますが、法人・事業所理念とは概して抽象的なものです。 日々の現場の中では、そうした抽象的な理念は置き去りにされ、しかし、それぞれの介護職は自分のケア観に基づいて利用者さんにサービス提供をしようと懸命に頑張っています。 こうした法人・事業所理念と、個々のケア観が混在する中では、お互いの“想い”がそれぞれの解釈で実践されることがでてきてしまいがちです。

そうした中でバラバラになっているものを集約できるのは共通の利用者さんへのケアを見つめ直すことだと思うのです。

日々のカンファレンス等でもそれはできるのですが、“死”という一つの終点を迎えた方のカンファレンスは時間が流れている方のそれよりも、一区切りの振り返りとしては最適なのだと私は考えます。 一回いくらのサービスを提供するのではなく、人の生活を支援するという介護の性質上、また、契約や報酬の収益という視点からも、仕事の一つの終わりはその方の“死”にあると思うのです。

終りを迎えた一つの仕事を皆で見つめ直し、そこに向き合っていたそれぞれの想いを語り、提供してきた具体的なサービスを振り返り、法人・事業所理念に帰結させて、明日からのチームケアに結束させていく。 そうした機能をデスカンファレンスは担っていると思います。 これを重ねることで、自分が日々行っている仕事と、法人・事業所理念の乖離を埋めるエネルギーが生まれてきます。 また、現場ではややもすると衝突しがちなスタッフ同士の価値観を共有する場を経たことで、相互理解にもつながり、生まれたその良いエネルギーをチームで活かしていけると考えています。

実際に私が初めて体験したデスカンファレンスは7年ほど前でした。

当時「利用者さんへのケアに対してもっとできたことがあったはずだ、やるべきことがあったのに、○○スタッフは怠っていた。自分はこんな想いで向き合っていた」 と、仲間に対する憤りと利用者さんの死という悲しみ、自責の念等を抱いて参加しました。

デスカンファレンスで自分の想いを伝え、また他のスタッフの想いや見えないところでのケアについて共有し、看護師や管理栄養士、相談員等から専門的意見を頂きました。

自分の強い想いは周りから認められつつも、自分が仲間を認めていなかったこと、認めていなかった仲間が、専門的見地から良いケアを行っていたこと、見えない家族支援を行っていたことなど、仲間の家庭環境や価値観形成に関する話題まで出てきました。

最終的に、反省すべきケア内容もありました。そして『皆、法人理念を一生懸命実践しようとしていた』という着地点を得たのでした。

自分は法人理念に沿って実践をしようとしていた。しかし未熟な部分もたくさんあった。 そして、このチームは理念を共に実践していける仲間なのだ。

このような想いを抱ける場になり、それ以降のチームケアに良い影響を与えました。

体裁はきれいに整っていませんでしたが、当時の事業所では、在宅では珍しいかもしれませんが、ほぼ必ずデスカンファレンスを行っていた事業所でした。

こうして、私はデスカンファレンスの大切さを体験していきました。

今、私はデスカンファレンスをリードする側になりつつあります。

現在の事業所で、昨年初めてデスカンファレンスを行いました。 私がまとめるチームのスタッフでの開催でした。私の担当するメンバーは業界経験が浅い若手が多いので、デスカンファレンスはおろか、人生経験も、利用者さんの死自体も体験が少ない状態でした。

それぞれ亡くなられたご本人と関わる時間も、想いも異なっていたので、どうまとめていこうかあれこれ考えながら進めてみました。

1、これまでのご本人に対するケアへのねぎらい、2、個々のスタッフの想いを語ってもらい、3、それぞれの想いの中の光るものを落としどころにして、4、語ることが苦手なスタッフはその光る価値観形成の背景を質問したり、5、最後に普段所長が言っている言葉、理念に帰結させていく。

もちろん、現場では理念を実践していくことの難しさはあります。しかし、その実践の障害となっていることは何なのか、それを明らかにして、個々が取り組める課題に分割して向き合ってもらうことで、『理念に向かって仕事ができる介護現場なんだ』と皆が思ってもらえるよう対話していったつもりでした。

自分が一参加者として出ていたデスカンファレンスと比べて、リードをしていくことはとても難しいです。 しかし、その大切さが身に染みているからこそ、後進へ伝えていきたいと思うのです。

最初に書きましたが、私は人材を大量に業界に呼び込む力はありません。 しかし、現場で一緒に実践する仲間と介護の奥深さを共有し、一緒に働く事業所が掲げる理念を共に実践していこうとすることは出来ると思います。

これはどんな中間管理職、リーダーでもできる、最も大切な人材をつなぎとめる力ではないかと思います。

業界の課題に対して指をくわえて憂いているだけではなく、最も大切な利用者さんから、その最期を最後の学びとして活かさせて頂く。 是非、できることから取り組んでいきたいと思います。

今も以前もこれからも、私たちの仕事の原点であり、帰結する利用者さんの生き様を大切にしていきたいと思います。

※本稿は、金山峰之さんからの寄稿記事です。2014年6月10日に、ご自身のブログ「介護の専門性新提案」において掲載した内容を、一部編集のうえ掲載しています。