人の生活は千差万別で、人それぞれの生活習慣があります。こだわりがあります。

私はトイレの蓋を閉めるのが何となく嫌なんです。開けたままにします。 私はベルトを右から入れます。だからバックルに絵柄があると、逆さまになるので絵柄がないベルトをします。 私は抱き枕を抱いて寝ます。なんだか昔から何かにしがみついて寝るのが好きなのです。 私は思ったことをわりとハッキリ言うタイプです。 私は好きなものを最後に残して食べます。

こうした“こだわり”を形成しているものがその人の『価値観』なのです。

価値観はその人の成育歴や教育歴、家庭環境や時代、文化等によって異なります。また人間なら誰でも持っているというような心理法則なども加わり全く同じ人はいません。ほぼ同一の生育環境で育つ双子でも同じ全く同じ性格に育たないですしね。そこからその人が形づくられているのです。

すなわち、『千差万別な価値観から形成されるこだわりの集合体がその人らしい生活』と言えるでしょう。

私たち介護職は“その人らしい生活を支援する”とよく言われますが、それは言い換えると『その人の価値観を尊重する』ということになりますね。

しかし、相手が価値観を持っているならば、自分も独自の価値観に基づくこだわりがあります。ですから人は衝突したり、相入れなかったり、嫌ったり、離れたりするのです。

この価値観を尊重するということをしなければ、プロの介護職ではありませんね。

価値観を尊重する方法の前半を今日は書いてみたいと思います。

朝のデイサービスお迎えのエピソードです。

一番にお迎えに行ったKさん。40分以上車に揺られたため、車酔いをしてしまったようで少し気分が悪そうでした。到着して他の方が降りる中で開口一番。。。

「なんでこんなにグルグル回って連れまわされて・・・(やや難聴なので大声)いったいどういうことなの!?みなさんにご迷惑をかけるし、こんなんじゃぁ私はもう二度と来ません!今日は帰らせていただきます!」

対応した職員Eはとにかく驚き、降車してもらおうと焦っていました。

「Kさん疲れてしまったんですね!そんなこと言わないでくださいよ。とりあえず降りて休みましょうか?」

しかしKさんの声はご近所に届くほどになり、降車途中だった男性利用者さんも「うるさいなぁ」という感情が顔に表れて爆発しそうでした。

職員Eは近所の目、他の利用者の目、デイを始めなければいけない時間的切迫感等でますます焦り、とにかくKさんを急かそうとしていました。

この時の職員Eの想いはおそらくこんな感じだったでしょう。

「早くしてよ!」 「何でいつもと同じ時間とコースで車に乗ってるじゃない!?」 「頑固だ。わがまま言って」 「迷惑掛けたくないって言って迷惑掛けてるじゃない!?」

このまま職員Eが対応していると良くない方向へ行きそうだったので交代しました。

さて、この時の見直すべき点は一つです。

つまり「Kさんの想いを無視して、職員側の価値観でKさんの行動を決めようとしていたこと」です。

ではどうすれば良かったのでしょうか?

職員Eと交代した私はスキルとして「傾聴」「質問」「受容」「共感」「承認」「提案」を使いました。

え?基本的で当たり前のスキルだろって?

そうです。対人援助、特に介護で相手の価値観を尊重する方法はこの6つのスキルが最根底にあるスキルだと私は考えています。この上で介助技術やその他の援助技法が活きてくるのです。しかし、この基本スキルがなかなか難しいのです。

ただ、今日は基本スキルを発揮させるための前提スキルのお話を先に書いてみます。

大事な前提スキルは実は相手の想いを知ろうとすることではなく、自分のその時の想いや価値観に気付くことなのです!

専門用語で言うと『自己覚知』ですね。

ソーシャルワークの重要なスキルの一つですが、ここでのポイントは、「常日頃自分の価値観や能力、性格、個性を知り、感情、態度を意識的にコントロールする」という自己覚知ではなく、より現場レベルの自己覚知、利用者の生のアクションに対して自分が抱いた感情や態度、それに起因する価値観をリアルタイムで気付ける『瞬間的自己覚知』(今なんとなく名付けてみました)が必要だということです。

受容とか共感を教科書でみると「自分の感情や想いは横に置いておいて相手のあるがままを~」等と書いてますが、瞬間的自己覚知はその“横に置いておくもの自体を知る”スキルと言えます。

瞬間的自己覚知ができると、相手のアクションに対して自分が抱いたもの、それに起因するであろう言動をコントロールすることができるのです。

物事は何か原因があるとわかるから対処したり対応することができるのです。

瞬間的自己覚知ができるからこそ、次の基本スキルに展開できるのです。できないと職員Eのような自己の価値観に流された行動(結果)になってしまいます。

上記のエピソードを解説しますね。

職員Eは自分の中にある

「早くしてよ!」 「何で?いつもと同じ時間とコースで車に乗ってるじゃない!?」 「頑固だ。わがまま言って」 「迷惑掛けたくないって言って迷惑掛けてるじゃない!?」

という感情と、Kさんを“急かしている”という自分の態度に気付いていないのです。

そしてこの職員Eを突き動かしている価値観は次の二つです。

①「集団行動ではみんなと一緒にした方が良い」 (職員Eの短所であり長所であるところで私もいつも助けられていますが、みんなと一緒に行動を共にして得られる様々な感情や想いは良いものだという価値観を持ってます)

②「コントロールの心理法則」 (人は自分の想いや行動の実行に制約や制限があると違和感や反発を覚えるという人間なら少なからずみんな持っている心理法則です。自分の思い通りにしたいというもの)

職員Eはエピソード中の状況に対する自分の中にある感情、態度、価値観の瞬間的自己覚知ができませんでした。したがって、職員Eは自分の感情、態度、価値観を横に置いておくことができず、それらに素直に従った行動=“Kさんを急かす”ということを実行してしまったのです。

瞬間的自己覚知は難しいです。このエピソードでも、私は職員Eの対応を客観的に見ていたから交代した時にはすでにできていたのですが、いざ自分が職員Eの立場だったら同じように焦ってしまっていたかもしれません。

これをするためには、一歩引いて自分を見ることができなければいけません。難しいですね。。。

どうすれば瞬間的自己覚知や一歩引いて見るということができるか。また違う記事で書いてみます。

次回はKさんとの基本スキルを交えたエピソードの続きです。

次回はコチラ『価値観の尊重方法②~基本スキルと決心~』

※本稿は、金山峰之さんからの寄稿記事です。2009年10月28日に、ご自身のブログ「介護の専門性新提案」において掲載した内容を、一部編集のうえ掲載しています。