前回の記事『価値観の尊重方法①~瞬間的自己覚知~』で、相手の価値観を尊重する方法の前提として『瞬間的自己覚知』の必要性を述べました。

人が人と向き合った時に生じる自分自身の内側を知ることで、相手を拒否したり反発したり否定する自分を客観的に見つめる必要があるのです。

私ももちろんですが、生まれ育った様々な環境で培った自分の価値観によって、物事を判断してしまい、時に人を支援する立場すら忘れてしまうことがあります。この『瞬間的自己覚知』をスタートに支援を展開したいですね。

さて、前回の続きで、職員Eと交代した私がKさんと向き合ったところから見ていきたいと思います。

両者のやり取りを見ていた私は『瞬間的自己覚知』により職員Eと同じように

・いつもと同じコースで同じ時間車に乗っているのに・・・ ・わがままだなぁ ・早く始めなきゃいけないのに・・・ ・自分の中にある思い通りに事を運びたいという価値観 ・迷惑かけたくないと言いながら迷惑をかけている、という想い

等を知りました。

自分を客観的に捉えた上で自分の想いや価値観はまず置いておきます。

ここからKさんの価値観を尊重するため6つの基本スキルを展開していきます。

ちなみに基本スキルは、傾聴、受容、共感、承認、質問、提案です。

私「Kさん車に長時間揺られて体調が悪くなってしまったんですか?」

K『そうよ~、全く信じられないわよ。こんなにあちこち連れ回されたら、私……(突っ伏される)』

私「自分でも信じられない程連れ回されて苦しくなってしまわれたんですね。(傾聴)申し訳ありませんでした。どんなお気持ちですか?」

K『胸のあたりが詰まるような。。。気持が悪いわ。。。』

私「胸のあたりが詰まるように気持ち悪いんですね(傾聴)」

K『私はね、ここへ(デイ)はお仕事に来ているの。それなのに、働く前からこんな状態じゃぁ皆さんに迷惑をかけるでしょ。だから今日は帰らせていただきます』

私「(そうか!)Kさんはここにお仕事にいらしてくださっているんですよね(という想いの受容)。いつも家事のお手伝い等積極的にしてくださいますもんね(承認)。それなのに、それをやる前から体調が悪くては、ここに来る意味が無いとお考えなんですね。(傾聴)やらなければいけないことができない、更に体調も悪くて迷惑をかけることも心苦しい。そういうことが何よりもお辛いんですね(受容)」

K『そうなのよ。私がここでご迷惑をかけるんじゃぁ、申し訳なくって。。。』

(無言で手を握り、背中をさすりました)

(Kさんはこんな想いを持ってデイに来てくださっているんだ・・・そう感じ、それができないこと、できないことによって崩れる自分の存在価値、更に他人に迷惑をかけるという一番Kさんが嫌なことが何より辛いんだ)

私「(Kさんの中の大切な想いや価値観を受け入れてそれを感じた上で)お仕事が出来ないこと、そして迷惑をかけるというKさんが一番嫌なことをしなければいけないことが何よりお辛いんですね。辛いですね・・・Kさん・・・(共感)」

K『そうよぅ。だから今日だけは帰らせて頂戴』

私「そんな想いを持ってここに来てくださっているんですね。ありがとうございます。Kさんはずっとそうやって人様のことをまず第一に考えて、ご自分は控えることを大事にされてきたんですね。私たち若いものにはできないような本当に見習うべきことだと思います。(承認)」

K『それほどでもないけどね。私は兄弟の中で長女だったでしょ。だからそれが当たり前だったのよ』

私「私も長男ですが、Kさんみたいな生き方をしっかりと続けることは難しいですよ。そんな生き方をみせていただいてありがとうございます(承認)」

K『うん・・・(少し興奮がおさまってきました)』

私「今は先ほどよりはご体調落ち着かれましたか?」

K『うん、そうね』

私「Kさんのお気持ち、私やっとわかったと思います。そんな想いがあったんですね。今後は車の順番を考えさせていただきます。他に何か私にできることはありますか(質問)」

K『そうね~・・・』

私「まだお帰りになりたいですか?それでしたら、もう少し落ち着かれるまでこちらで少しお休みになりませんか(提案)」

K『そうね、そうさせてもらうわ』

それから静養室で10分程横になられたKさん。

私「Kさん、ご体調いかがですか?」

K『そうね。さっきより大分良くなったわ。ありがとうね』

私「それはよかったです。。。。Kさん、申し訳ないんですが・・・(笑)ちょっとお勝手の人手が足りなくて、お野菜の皮をむいていただけたらとっっっても助かるんですが・・・(提案)」

K『(パッと明るく満面の笑みで)やらせてちょうだい。私がやる分をやっちゃぁダメよ♪』

文言はだいたいこんな感じでのやり取りだったと思います。

私がやったことは自分の価値観はとりあえず横に置いておいて、前半は徹底してKさんの想い、価値観を大切にすることでした。

傾聴によって想いを引き出し 受容によってその出てくる想いを全て受け入れて肯定し そのことに秘められた想いに共感し その中から見えたKさんの想いと価値観そのものを承認したのです。

そうするだけでも、人は自分の価値観=自分自身を大事にされたと感じてくださいます。

そこから後半は自分の価値観を少し持ってきます。というか、やらなければならない方向性との兼ね合いを探るのです。

質問によってKさん自身の内省を促し、選択肢を広げ 提案によってこちらの方向性とKさんの主体的な自己決定をすり合わせる

私のやりとりも少し至らない部分もありますし、今書いて見返すと恥ずかしく、もっと違う言葉掛けもあったのに・・・と反省もします。 ただ、Kさんの想いと価値観を大事にしよう!ということだけは一貫して持っていたつもりです。

この記事は、困った時のうまいコミュニケーションのやり方をしめしたものではなく、どんな時にあっても相手の価値観=相手自身を尊重することの大切さをお伝えしたいのです。

展開方法は人によって異なります。私自身も含め、基本スキルをうまく使いこなせない人、瞬間的自己覚知ができず価値観同士の衝突が起きてしまう人もいます。 しかし、スキルはいずれ身に付きます。それよりも大事なことがあります。

相手の価値観を尊重する、と心に決めて向き合うこと!

これだけは誰でも決心すればできるはずです。しかし、これを決心しなければ絶対に相手の価値観を尊重することはできないでしょう。

自分自身の体験があれば一番良いのですが、人は自分を大切にされた時は本当に嬉しくなりますし、心を開くことができるようになります。

相手を自分の価値観で動かそうとするのではなく、相手の価値観を大事にして、相手自身に動こうと思っていただくようにしたいですね。

※本稿は、金山峰之さんからの寄稿記事です。2009年11月3日に、ご自身のブログ「介護の専門性新提案」において掲載した内容を、一部編集のうえ掲載しています。