<国が示す科学的介護システム>

 令和3年度の介護保険法改正の目玉は何と言っても“科学的介護情報システム(Long-term care Information For Evidence)”「LIFE」でしょう。LIFEは利用者の基本情報や状態、サービス内容等の幅広い情報を蓄積する「CHASE」とリハビリ関係に特化して情報を蓄積する「VISIT」が合体した新しい名称でありシステムです。

 このLIFEに現場の利用者さんに関する様々な情報を提供(入力)して、フィードバックされたことをケアに活かすことで加算が取れるというものです。身近な例で言えば、皆さんがネットショッピングをする時に入力した個人情情報や購入履歴等、色々な情報が蓄積(入力)されて、「あなたにオススメの商品」というフィードバックがあるというようなものです。

 今現在はLIFEからどんなフィードバックがあるのか、どのようにケアに活用するかについてまだまだ詳しく明示されていないこともあるので、今後の国の発表を待ちましょう。

 さて、2019年に開催された「科学的裏付けに基づく介護に係る検討会」の資料では下図のように国として科学的介護を目指すことが示されています。『介護関連データベースによる情報の収集・分析、現場へのフィードバックを通じて、科学的裏付けに基づく介護の普及・実践をはかる』  科学的手法に基づく分析やエビデンスを蓄積し、活用していくことを通じて、自立支援や重度化防止等を進めていく方針だそうです。

図1 厚生労働省『科学的介護について』より
 こうした介護が始まる時代に私たちは既に生きているということです。こんな時代が来るとは思ってもみませんでしたね。皆さんはこの現実と将来をどのように受け止めますか。

<現場で行う科学的思考の介護>

 さて、私は国が示す科学的介護というシステムに対して、私たち現場職が行う科学的介護もあると考えています。それは、目の前で利用者さんと向き合い、LIVEで考えながら実践をするという『科学的“思考”の介護』です。 この科学的思考の介護を私たちが実践する限り、科学的介護システムは私たちが利用者さんの生活や人生のために利用する便利なツールになります。逆に私たちが科学的思考の介護を実践しなければ、利用者さんの生活や人生は科学的介護システムの言いなりになってしまいます。「LIFEでこう言われているからこうしましょう」と私たちが利用者さんを支配してしまう感じです。ですから私たち現場の人間が科学的思考の介護をすることはとても重要なことだと思います。    では、科学的思考の介護とは何かをみていきましょう。  皆さんはPDCAサイクルをご存知でしょうか。下記のような図で示される物事の考え方や取り組みの枠組みです。現場ではケアマネジャーが行うケアマネジメントや、介護職が行う介護過程がこれに当たります。

 このPDCAサイクルをイメージしてみましょう。例えば、新規でお会いする利用者さんは初めにケアマネジャーやサービス提供責任者など特定の役割にある人がアセスメントを行ないます。そして生活上における課題を見出します。次にその課題の先にどんな生活を送りたいかという目標を定めて、必要なサービス内容を本人や関係者と決めていきます。これを書類にしたものがケアプランや介護計画書です。そして本人に説明と同意を行います。これを数ヶ月〜一年程度の期間で実践し、定期的に進捗を振り返って、ケアの方向性を更新していくというものです。この枠組み、順序でケアを行うことが、根拠に基づいたケアになると考えられています。

図2

 さて、皆さんはこうした介護を実際に行なっているでしょうか。「なんか上の人はそういうのやってるみたい」「それってケアマネさんの仕事だから介護職には関係ないんじゃない」という感想を持つ方も多いのではないでしょうか。ただ、実感の有る無しに限らず、国が介護現場に今現在求めているのはこのPDCAサイクルになります。

<OODAループ的介護実践>

「PDCAが根拠に基づく介護で、国から求められていることはなんとなくわかりました。とはいえ、やっぱり実感がわかない」という皆さん。実感が湧かなくても介護保険制度下のサービスである限り基本的にはこの枠組みで私たちは仕事をしています。3ヶ月とか、半年、一年というロングな期間、大きな枠組みの中で私たちは介護をしているんですね。

  ただ感覚的には「実際の現場では下に示すOODAループ(ウーダループ)というサイクルを現在進行形で行なっている」と言われた方が実感がわくのではないでしょうか。これはアメリカの軍の方が発案した思考の枠組みだそうです。軍隊という戦局が目まぐるしく変わる状況下で、PDCAよりも短いループで状況を見極めながら行動の中で考えてまた行動する。LIVE的に考えていく思考の枠組みと考えられています。

図3

私たちの介護現場でイメージしてみましょう。例えば、認知症状態の方が夕方にそわそわと立ち歩いています。こうした様子や環境を私たちは観察して、色々な知識や理論、情報、経験から総合的に「◯◯じゃないかな?」と仮説を作ります。そして、「じゃあどうしようかな。様子を見守ろうかな、声をかけてみようかな」と考えて、応対方法を決定します。そして実際に決めたことをやってみる。そして、ご本人から返ってきた反応がまた新たな情報としてループしていくというものです。現実的には「仮説構築」から「実行」はほぼ同時に行われていることも少なくありません。

 いかがでしょうか。現場の私たちだと、OODAループの方が実感がわくのではないでしょうか。

<OODAループの精度を高めるもの>

 介護現場でこのOODAループの精度を高めていくためには、各段階に大切なポイントがあります。それが次の図です。

図4

 「観察」では、どこをみるか、どのくらいみるか、どんな状態だと把握するか、という『観察ポイント』があります。また「仮説構築」では情報と経験だけではなく、知識や理論も含めて総合的に「〇〇で△△だから・・・だろう」と仮説立てなければいけません。柔らかい言葉で言うと「見立てる」ということです。これが、経験だけで仮説を作ってしまうとよろしくありません「Aさんはこうだからこうすればいい」などと言うのは対人援助専門職ではありませんね。    そして、最後に実際に「実行」する時にどう関わるかという具体的な『関わり方の技術』を磨かなくてはなりません。

 そして、「見て反射的に対応する」という『観察』と『実行』だけを行き来することはあまりよろしくありません。「仮説構築」と「意思決定」を通って「実行」にいくから私たちは専門職なのです。

 いかがでしょうか。国からは今後LIFEという科学的介護の情報システムが大きく現場に影響を与えてくることが想像されます。しかし、私たちはPDCAにしろOODAにしろ、科学的思考の介護をやっているはず(やっていくことが求められています)だと私は考えています。    私たち現場の人間が、科学的思考の介護をLIVEで実践する限り、科学的介護情報システムLIFEに支配されることはないはずです。逆に科学的思考の介護がなければ、私たちも利用者の生活や人生もLIFEに左右されてしまいます。LIFEを利用者さんのために活用できることが大切で、そのためにも私たちが科学的思考の介護を身につけて実践していかなければならないと思います。

 ここまで読み返してみて、皆さんはどう考えるでしょうか。日頃の現場実践も振り返ってみていただけたらと思います。

 次回は、この科学的思考の介護を身につけていくこと、科学的介護システムLIFEの関係から、介護福祉職の専門性について考えていきたいと思います。