2021年7月17日に行われた「最期まで自分らしく生きる介護の実践」看多機 “むく”×駒場苑コラボ質問会の内容をダイジェスト版で紹介します!

【登壇者】 佐伯美智子(看多機"むく"代表) 坂野悠己(特別養護老人ホーム駒場苑施設長)

YouTubeで録画を公開中!

前回記事:4. むく代表・佐伯さんの介護への思い

5. 看多機"むく"の看取りケア

編集部 今回のメインテーマである看取りケアについてお伺いします。 看取りケアに関するお二人のそれぞれの考え方と、看取りケアをやっていてよかったというエピソードがあれば教えていただきたいと思います。では佐伯さんからお願いいたします。

佐伯(看多機むく) 看取りって一言で言っても全員違うと思うんですよね。 私はリハビリの仕事だったから、むくで働くまで人を看取るっていうことをしたことがなかったんですよ。 私はどっちかっていうと、現場のスタッフの皆さんに、看取りってこうやってやっていくんだっていうふうに教えられた側で。 家族さんとかスタッフ・利用者さんとの関わりがある中で、人ってこうやって亡くなっていくんだって、むくを立ち上げて初めて見せてもらったんですよ。 自分の祖父母とかも、そういうことにたまたま携わることがなかったので。

もう出会った時から看取りっていうのは始まってて、亡くなるその瞬間だけを見るのではなくて、ずっとその関わりを大切にしていこうよ、っていうのが看取りケアなんじゃないかなっていうふうに思うんですね。 私がすごい印象に残ってる看取りは、やっぱり一番最初に看取らせてもらった、テルさんという方です。 むくの一番最初の利用者で、むくが立ち上がる前からうちを利用するって話してくれてた方なんですね。 むくを利用し始めた時には、お腹に爆弾抱えてて、いつその時が来てもおかしくないよっていうふうに言われてたんです。

いつも何かしらの本を手に持ってて、本が好きっていうよりも、本を読んでるのが私、みたいなかんじで、いろんな本を手に取って見られてました。 むくでは子どもに対して怒ったりすることもあったり、逆に子どもたち見てにこにこしてることもあったり、普通に過ごしてくれてる方で、「為せば成る、為さねば成らぬ何事も。成らぬは人の為さぬなりけり」みたいなことをよくおっしゃっている、すごくかっこいいばあちゃんだったなって思います。

私最初関わらせてもらった時に、なかなか歩いたりとか、お風呂入ったりとかあんまり好まれなかったんですよ。 でもだんだん、ちびが間に入ってくれて、一緒に歩いてくれてたりとか、人に対する気遣いもすごくしてくれる人で。 コロナ前にはお出かけしてみんなでかき氷食べたりとかしてたら、「あんたも食べんね」みたいによく言ってくれてる方だったんです。 とにかく、いつその日が来てもおかしくないっていうことは、その人が、その日その瞬間を楽しいって思える時間を、1日1回でも過ごしてもらえることが大事かな、って思ってます。

この方が最後の日を迎えられた時って、むくでバーベキューしてた時だったんですね。 いつにも増して賑やかで、裏でみんなでわーわーお肉焼いたりとか、遊んだりとか、飲んだり騒いだりしてる中だったんですけど、その日の午前中までテルさんは歩いて、お風呂入って、ご飯も食べてたんですよね。 そんな時に、なんかお腹痛いよみたいな感じで横になられて、具合悪いよってなってきて、状態がどんどん急変していって、「痛いよー痛いよー」って言ってたんです。

そこにね、当時まだ2歳になる前かな、むくで働いてるお母さんについてきてくれてた、ミィっていう子がね、素っ裸でテルさんのとこにだーって走って行って、その時に痛がってたテルさんが、最後笑ってくれてね。 その笑った時に、テルさんの娘さんもたまたまいてね。「最後笑ってくれたね、笑わしてくれたね」っていうのをずっと話してくれてたんですよ。

テルさんが本当にもうあの世が近いかなってなった時に娘さんが来られて、テルさんに、「あんたどうするね」って声をかけたんです。 したら、「あんた(娘さん)のとこ行く」ってはっきり言われて。 お看取りをむくでしてもよかったんだけど、家に行くって言われたので、その瞬間、その場にいたスタッフ4人で対応して、家にお連れして、その場で看取りをさせてもらったんです。

そしたら、家に着いて30分くらいでもう逝かれたんだけど、その時みんな笑顔だったんですよ。 私ね、今までお看取りしたことなかったから、勝手なイメージで、みんなおいおい泣いて最期を迎えるんだろうなって思ったんだけど、テルさんが亡くなられた時は本当にあったかい雰囲気で、笑顔もすごくあって、ご本人さんもすごく穏やかな顔で最期逝かれたんですね。 それを見た時に、看取りっていうのは本当に暮らしの最期の延長線上にあるもので、この方も今のこの瞬間まで生きてた人だもんねっていう、そういう感覚にさせてもらったんですね。 亡くなることはすごく寂しいんだけど、悲しいことではないのかもしれない、というふうに、自然にね、感じさせてもらいました。

そのあともね、亡くなられた後に中の排泄物を出したりとか、いろいろするじゃないですか。 そういうエンゼルケア的なところも、家族さんも一緒になって、テルさんのお腹を触ったりして、いつもそうやって便を出すのを手伝ってたから、「どれ最後の一押し押しちゃろうかね」とかって言いながら、笑いながら泣きながらっていうか、複雑な感じなんだけど、すごくあったかいお看取りをさせてもらったっていうのが、最初だったので。 人が亡くなるっていうことに対する恐怖が、そこでぱーってなくなったような、そういう経験をさせてもらいました。 最後のお化粧もね、初めてさせていただいて、なんか愛おしいなって思ったのを覚えてます。

それからむくでも何人も何人も看て、看取りをさせてもらったんですけど、一人一人ほんとに違ってて、最期の瞬間っていうのはもう誰も予測できないし、家族さんと本人さんの思いだったりとかを大切にしながら、私たちができることをさせてもらう。 もちろん本人の思いが一番なんだろうし、家族さんの思いも大事だけど、私たちがあまりでしゃばりすぎないっていうところも大切なのかな、と思ったりもしています。 あとむくでね、この間お別れ会とかお葬式とかもさせていただいたりしたんですけど、そういうのも自然な流れでそうなったっていう感じで、うちで絶対こうしますっていうようなのは特に持たなくてもいいんじゃないかな、って思ってます。

次回記事:6. 駒場苑の看取りケア