3月13日に開催されたオンライン質問会「現場が変わる時は、何かが起きる!?」の内容を、複数回に分けてご紹介します。

今回は 「介護現場を変えていく過程でどんなことが起きるのか」というテーマで、

髙口光子さん・医療法人財団百葉の会人材開発室部長 坂野悠己さん・特別養護老人ホーム駒場苑施設長

にお話いただきました。

編集部 これまでどんな施設で、どのくらいの期間をかけて改革をしてきましたか?

髙口  私が学校を卒業して一番最初に勤めたのが、いわゆる老人病院です。 ほとんどのお年寄りがつなぎの服を着せられて、そして両手両足を浴衣の紐で括られて。 つなぎじゃない人は裸で寝かせられて上から浴衣を掛けられてみたいな。 部屋に鍵も掛けるしね、薬で落とすしね。 ちょっと暴れる認知症のお年寄りには「電気かけるよ!」と言う。 そして弱られたお年寄りにはジャブジャブ点滴を打って、脚に紙おむつを巻いて亡くなられていってました。 生きながらに土左衛門を作るっていうか。 そこは改革どころじゃないっていうか、現実を見るのが精一杯だったような気がしますね。

 そこから経験を積んで、いよいよ老人病院を変えていくのが7〜8年間ぐらいですかね。 その後、熊本の特別養護老人ホーム「シルバー日吉」っていうところで、やはりそこも5、6年かけました。 静岡では「ききょうの里」という介護老人保健施設を5年ぐらい。 やはり施設改革は概ね3年から5年はかかりますね。 その後、「鶴舞乃城」に立ち上げから関わって5年。 介護老人保健施設「星のしずく」で立ち上げから5年。 その後「マナーハウス麻溝台」を立ち上げから3年ぐらいやりましたかね。 そしてちょっと病気をして、復帰して、今東京の「つばめの里」で半年ちょっとぐらいですかね。 立ち上げも一つの改革と捉えたら、病院、特養、老健を大体3年から5年ぐらい。 一番長くても7年くらいの単位で立ち上げたり、改革したりしてきました。  とても気が弱いので、どこ行った先でも震えるような思いの中でやってまいりました。はい、どうぞ。

坂野  その気が弱いくだり要ります?(笑)

 私は20歳ぐらいで介護の世界に入りました。 3施設特養をやって、ことごとくひどい施設に入ってしまい、それをどうにかしようと思ったんだけど、変えられなくて、三施設連続でクビになりました。 その後しばらく有料老人ホームで働きながら、「こういう感じだと出世するんだな」「こういう言い方だと提案通らないんだな」と色々な人を観察しながら自分なりに勉強しました。 その後、もう一回特養にチャレンジしようということで、横浜の特養に入りました。

 私にとって、施設を変えるのは「改善、改革、革命」の三種類があります。 改善は、ある程度方針ができていて、整った上で課題について改善をしていく。 改革では、施設の方針は出ているんだけど、現場が反対の方向を向いちゃっているから、施設の方針に向かってみんなでやっていくように向きを変えていく。 革命では、施設の方針は出ていなくて、一介護職の人が自分の実践や成功体験を作り、施設の中心にするところまで持っていく。

 横浜の施設は革命という位置付けです。 介護職が実践していることを施設の方針にしてもらいました。そこから 先は改革だと思います。

 駒場苑は改革です。 施設としてのビジョンは出ていたけれど、それを実践できていない現場を変えると言うことで、呼ばれて行きました。

髙口 今は改善レベルまで来たわけだね?

坂野 大枠の方向性はそんな感じです。 でも課題は尽きないので、改善を続けていくっていう感じかな。

髙口 一見、改善が一つの安定期というか「職員の問題意識を落とさないようにして、気づいたことを率直に発言し、できることからやっていこう」…って良さそうだけど、実は腐り始めてるのもこの時期なんだよね。

坂野 革命と改革はある程度ゴールがあるんですよね。 だけど改善はずっと続くので、そこでみんなモチベーションが続かないという部分はあるのかなと。 維持をしていくのが実は一番難しい。

次回記事:#2 最も苦労した改革は?