5月6日(木)に実施した、「“三好春樹と排泄ケアを考える”アウケアツアー」の様子を複数回に分けてレポートします!

実際の雰囲気を感じてみたい方、もっと詳細な話を知りたい方は、ぜひこちらの動画をご覧ください!

アウケアツアーとオンラインセミナーの複合企画である、「“排泄を考える”アウケアツアー」。

午前中は、オムツに頼らない排泄ケアを実践する、特別養護老人ホームはちす苑(千葉県佐倉市)の施設見学を行いました。

午後には、「三好春樹さんと少人数で語る排泄ケア」を行いました。 最初に三好さんから、排泄ケアについてのお話をしていただきました。その内容を、今回と次回の二回に分けてお届けします! 「病気」と「元気」の二元論で考えられていた時代から、「介護」の概念が生まれるに至った背景とは?👀
〜動画0:00〜

 介護職は、オムツ体験というのをやりますよね。「お年寄りに安易にオムツを履かせちゃいかんよ」というのを理解するためのパフォーマンスで、私の場合は、布オムツでやりました。

 ある、50人定員の特養ホームでは、オムツの人が36人でした。うちのところは、良いケアをやっているところでそれくらいです。施設によっては、全員オムツなんていうところもありますね。こんな風に、オムツを使うケアが生まれたのは、なぜか?っていう話をしていきたいと思います。

 そもそも介護っていうのは新しい領域で、医療から学んで発達してきました。介護の訪問は、急性期の医療に伴う看護法、つまり、「上を向いて寝ていることを前提としてどうするか?」ってことを基本にしていたんですね。介護でも、これが基本なんだ、みたいな形で教えられてきました。

 もともとナイチンゲールの時代には、「元気」と「病気」という二元論で考えられていました。「元気」というのは自立している人の状態で、この人がある日突然「病気」にかかることになります。当時は抗生物質もない時代で、医療はほとんど効果がなく、病人というのは、「死を待っている人」と考えられていました。それに対して、「回復することができるよ」と言ったのがナイチンゲールです。

 その時の方法論が二つありました。実は、今では両方とも弊害の方が強く言われていますが、まず一つは「安静」です。病院の始まりは野戦病院だったので、戦場から帰ってきて、横になって寝れるだけでよくなる人が、いっぱいいたんですね。

 もう一つは「栄養」です。「どうせ死んでいくんだから」と、それまではろくなものを食わせてなかったんですね。ナイチンゲールは「看護覚え書」のなかでこの二つを確保することを強く主張しています。

 ちなみに、現在の医療では、この両者が言われることはほとんどありません。それは、この二つが前提・基本となったからです。途上国に最新の医療を持ち込んでもあまり効果がないのは、この二つが保証されていないからです。(日本などの国で)みんなが長生きできるようになって、病気が治るようになったのは、医療が発達したからというよりも、この二つが大きいんですね。

 ここで注意したいのは、「元気ー病気二元論」が崩れたということです。この二つの間に溜まる人が出てきたんですね。病気は治ったけど麻痺が残るなど、まだ元気とは言えない人だったり、糖尿病などの慢性疾患を抱えていたり、あるいは老化もですね。

 ここで、方法論が元気か病気かの二択しかないと、トイレに元気で歩いて行けない人はオムツ、となってしまいます。この二者択一しかない、というのが当時の介護状況でした。今でも、介護が貧困な病院・施設では、いまだにこの二元論的な発想が残っているんです。

 二元論のままだと、間にいる人は全部病人扱いしていました。それではダメだと言って生まれたのがリハビリです。今度は、全部元気に持って行こうという発想でもあります。二元論だと、発想を豊かにしたり考えたりしなくていいんですね。だから、関係者も二元論の世界に居たかった。

 しかし、間にいる人がどんどん増えてきて、やっぱりその人たちって、一人ひとりみんな違うんですね。こうして二元論から多元論へと移り変わっていきます。ここから介護が始まりました。病気を治すのが医療の仕事ですが、介護というのは、「手足に麻痺がある人がどう生活するのか、どう朝起き上がるのか」という具体的なことから、「障害を持って生きていくとはどういうことだろう」という哲学のところへも入っていきます。

 それぞれ、障害の度合いや、老化の度合いや、人生観や、人間観が違う中で、介護にマニュアルはありません。「個別ケア」とよく言いますが、介護っていうのはそもそも個別でしかあり得ないんですよ。二者択一で画一的なやり方が通用した時代は終わったんです。

 今、排泄ケアの世界では二元論が残っていると先ほど言いました。そもそも介護を語る時の私たちの根拠は何でしょうか? 医療や看護の根拠は病理学です。介護が必要とするのは、普通の生活をするための根拠なんですね。これは生理学で、普段は当たり前なのであまり意識されません。

 それから、もう一つ介護の根拠となるのが、心理学です。上手な介護というのは、知識や技術ではありません。それらがいくらあっても、お年寄りに心理的な負担をかけるものはダメなんです。自己肯定感を損なうような介護も、です。いくら下手でも、負担をかけないよって介護であったり、生きてて良かったと思える介護がいい介護なんです。

 私は、介護で一番大事なことを、「排便最優先の原則」と呼んでいます。「人間の尊厳を守る」とか大袈裟なことがよく言われますが、そのためにはまずこれをやるべき、と考えています。

〜動画11:42まで〜