飛鳥晴山苑 佐長施設長インタビュー(約3,000字/読了まで3~5分) ■物書きから介護施設長へ ■介護の素人だからこそできた変革 ■責任は取るので、良いと思ったことをやってほしい ■長い目線で利用者に「寄り添い続ける」環境を作る


■物書きから介護施設長へ

・編集部:今日は簡単なインタビューをできればと思いますので、宜しくお願い致します! ・佐長:宜しくお願い致します。 ・編集部:まずは業界に入ったきっかけを教えてください。 ・佐長:50才まではフリーランスを中心として物書きをしていました。そこから福祉業界に入って20年です。以前の施設で10年、いまの施設で10年程度になりました。 ・編集部:物書きだったのですね!とても意外です(笑) ・佐長:そうなんです(笑)物書きの仕事ですが、年数を重ねるにつれ、商業的な仕事が徐々に増えました。その当時自分が気にしていたのは、記事がどう評価されたか等、他人から見た自分の評価ばかりでした。 ・編集部:そんな時期があったのですね! ・佐長:そういった環境だったので、他人の評価を気にしない仕事をしたいという気持ちがありました。そこで全くの別分野ではありましたが、知的障がい者の方が入られる施設を無償で手伝うなどしていました。これが一番最初のきっかけです。 ・編集部:ありがとうございます。 ・佐長:その後、より福祉の世界に身を置こうと思い、身体障がい者の方が入る施設に応募しました。現場経験もなかったため、介護職の採用基準に合わないという話になり、最初は用務員として採用になりました。これが最初の一歩から、福祉の世界に本格的に踏み出すタイミングになりました。 ・編集部:ありがとうございます!福祉/介護の世界へのデビューとしては比較的遅かったということになりますね。その後、施設長にはどういった経緯でなられたのでしょうか? ・佐長:用務員としての採用ではありましたが、夜勤など含めて、介護の仕事を徐々にやるようになりました。1年くらい続けた頃に資格を取ろうと考えたのですが、介護福祉士を取得するための実務経験が足りないことが分かり、経験が不問であった社会福祉士の資格を取るため、通信で1年くらい学校に通いました。1年後、資格が取れたことを牧師の友人に話をしたら、その友人が老人ホームを作るとのことで、特別養護老人ホームの管理者ポジションを担ってほしいと言ってきました。 ・編集部:急な話ですね!(笑) ・佐長:そうですね(笑)社会福祉士は施設長の資格要件のひとつですからね。しかし私自身もいきなり施設長はやめたほうが良いと思いましたので、事務長兼副施設長でスタートしました。その時で52か53才くらいでした。当然経験もなかったのですが、ちょうど介護保険制度が始まったばかりだったので、制度のことに詳しい人が少なく、だからこそ自分の様な未経験者であっても受け入れられたのだと感じます。

■介護の素人だからこそできた変革

・編集部:ちょうどいいタイミングだったのですね。とはいえ業界経験が少ないというのは大変な様に感じますが・・・ ・佐長: はい。介護については素人でした。しかしその素人性は、今でも大事だと思っています。話が逸れますが、わたしはテニスを大人になってから始めました。 ・編集部:テニス・・ですか(笑)。 ・佐長:以来30年長く続けていますが、中学校や高校など若い頃にテニスをやっていた人たちには、その人たちがその後テニスを一切やっていなくても勝てないと感じます。若い時に叩き込まれたこと/経験はとても大事だからです。 ・編集部:はい。 ・佐長:スポーツと介護は近い部分があります。介護の世界に若いうちに入られて、そこで介護技術を身につけた人たちには、技術面では勝てません。そういう人に対抗していく何か。それは素人性だと考えています。介護は、制度事業なので、前例主義だったりすることも多いです。また慎重で真面目な方が多いです。それは人命に関わる仕事なので当然だと思います。 ・編集部:なるほど・・そうですね。 ・佐長:よく前例がないので、無理だという話や、怪我させたらだめだという話が出ます。その時に、無理という言葉で終わらせずに、どうやったら怪我をさせないか、色々なアプローチを試したら良いのでは無いかということを、素人性を持って伝えて、考えてもらうことが大事だと思っています。それを1つずつ徹底してきた20年でした。 ・編集部:なるほど〜。


・佐長:おかしいと思った時に変えること、既成概念にとらわれずに、良いと思ったことをどしどしやってみることが大事だし、そういう存在であり続けようと考えています。 ・編集部:とてもいい話です。それが素人性ということですね!そういった素人性を持って何を変えてきたのでしょうか? ・佐長:飛鳥晴山苑では、オムツゼロに7-8年前に一斉に取り組もうということになりました。当時、日中の時間帯のオムツ着用率は95%でしたが、やりはじめて3-4年目くらいから20%くらいになりました。そこからさらに減らしていくのは大変ですが。 ・編集部:すばらしいですね。 ・佐長:また同時期に原価管理システムを導入し始めました。ユニットごとに収支を細かく分析し、それを現場の職員が評価して、考えて、実行できる様な仕組みを作ってきました。コストパフォーマンが現場職員にもすぐわかるので、オムツやトイレットペーパーの数をどう適切な量にしていくのか、など細かなことを小さな単位で(ユニットごとに)現場職員が考えて、実行するという文化を浸透させてきました。それらを積み重ねて、当初は赤字だったのが、4年目くらいに大きく収益が改善しました。 ・編集部:素晴らしいです!口で言うのは簡単ですが、実行は大変そうです。

■責任は取るので、良いと思ったことをやってほしい

・佐長: はい(笑)。制度事業なので保守的な業種で、現状を守るということになりがちなビジネスモデルです。そういうことを打破し、職員を含めて風土を変えていくのは、やはり大変でした。 ・編集部:そうですよね・・・ ・佐長:看護師など専門職の反対もありました。しかし、よいと思ったことに敢然とチャレンジするという風土を浸透させること。躊躇やあとずさりを解きほぐしてゆくと同時に、施設内に自分以外に旗を振る人がいたことも、変えることができた要因だと感じます。だからこそこれからも、どんどん新しいことに取り組んでいける施設にしていきたいです。これまで以上に、職員がこれからも同様にチャレンジできる様にしていきたいと考えています。 ・編集部:ありがとうございます。これまでの経験があったからこそ、よりそういった環境を作っていきたいと思われれるのですね。 ・編集部:そういった環境を用意した上で、どんな人に入ってきてほしいと言うのはありますでしょうか? ・佐長:はい。先ほどお話しした通り、素人性というのは大事な概念です。だからこそ、飛鳥晴山苑には、違う職種から入ってきてほしいとも思っています。そういった違う職種から中途で入ってくる人に対して、給与面でまだ報われる様な設計に十分にできていないのが課題ですが、他業種からの経験をうまく生かしていただける様、未経験者の人を育てる様にならなければならないと考えています。

■長い目線で利用者に「寄り添い続ける」環境を作る

・編集部:ありがとうございます。最後に、職員にとっての飛鳥晴山苑はどんな場所にしたいというのは、先ほどのチャレンジできる環境づくりという点以外で、ありますでしょうか? ・佐長:特養は終のすみかです。人生の終末期に寄り添う仕事になります。職員や施設を信頼して、最後のステージをあずけているご入居者に応えていかなければなりません。「寄り添う」ということは、長い時間をかけてその方の人生に同伴するということです。 ・編集部:なるほど。 ・佐長:3年少し働いただけで辞めるのであれば、それは「寄り添う」ということではありません。寄り添うのは修行くらい大変です。長いスパンで自己実現していくことになりますが、介護はそういうものだと思っています。職員には、飛鳥晴山苑が最後のステージだと思ってやってほしいし、逆に飛鳥晴山苑としては、給与も含めて、職員が長い目線で働ける様に、応えていく環境を作っていきます。 ・編集部:ありがとうございました!


■編集後期 ・この施設体験の取り組みも、まずはチャレンジして見ようということで始めてくださった佐長さんです。言っていることと実態がとても合っていると感じます!現場の職員の方々へのインタビューをこれから掲載していきますが、施設長の言葉と現場の職員の言葉にも齟齬がない様に見受けれられ、良いなと感じます。