■介護の専門性としてのおむつゼロ・自立支援

編集部:改めて今日は佐長施設長にインタビューをして、飛鳥晴山苑のケアについて話を伺いたいと思います。 佐長 :後述する様に、ケアについては現場の頑張りや実践があってのことではありますが、まず「おむつゼロ」「自立支援」の取り組みが特徴として挙げられます。平均年齢が90歳近く、平均要介護度4という介護度の重い方が多い中で、「そこまでやらなくてもよいのでは?」という声も当時はありました。特に、専門職で経験も長い方々に多かったでしょうか。そうした逆風の中で主力の介護職員が粘り強く話し合いながら、実践していくことが出来たのが、うまくいった一番の理由でしょうか。施設全体に若くて経験が少ない人も多かったので、専門職の意見に強く影響を受けることもありましたが、「無理でしょう」という声を、次第に小さくしていきました。当時を振り返ると「強い旗振り役と経験の浅い実践者」の良さがうまくかみ合った様に感じます。

編集部:そうだったのですね。確か国際医療福祉大学の竹内孝仁先生にきっかけがあったと伺っています。一方、他の施設で聞く様に、先生の理論をそのまま画一的に導入した、という感じでもないと伺っていましたが、そのあたりはどんな感じだったのでしょうか? 佐長 :竹内理論をそのまま頭から受け止めるというのではなく、行きつ戻りつ試してみて、すこしづつ成果が出る様になった、と言う感じでしょうか。私自身のきっかけは、竹内先生の社会人講座に参加したことでした。その後、先生に当苑で講演をしていただいたこともよいきっかけになったと思います。先生はよく挑発的な言葉を使うのですが、その言葉を借りれば「看護師は病気を治すことに専門職としてのプライドをかけている。介護職のプライドはどこにある?要介護の高齢者を”ただお世話する”だけでは看護師に負けて当然。介護職も、利用者を元気にする。病気は治せないけれど、一歩前に踏み出そうとしている高齢者の自立のお手伝いをする。そのことに対してお金をもらっている。その自覚がプロとしての介護ではないのか。元気になってもらう為のプロフェッショナルになるべきだ」という内容を話していました。口調は激しい面がありますが(笑)、その挑発になにくそと乗った職員が中核となって進めてきというのが実態でしょうかね。

編集部:そうだったのですね。例えば水分の1,500ccの摂取の件も、そのまま無理に利用者にというのは大変、という声は耳にしますが、飛鳥晴山苑ではどうだったのでしょう。 佐長 :1,500ccなどについては、介護職員の皆も「そうは言うけれど」という目線でやっていました。竹内理論をそのまま受けいれてはいなかった面があったというか。例えば水分は「この利用者であればこのくらい」とか「歩行訓練もこのくらいで」とか、少しずつアレンジして進めようという柔軟性があったと思いますよ。できることを少しずつという感じですかね。

編集部:なるほど。 佐長 :毎月データを取ってはいました。介護度、水分量、ポータブルトイレ使う人、おむつが取れた人などの排泄スタイル、歩行訓練した人など・・・介護長がわかりやすく一覧にし、それぞれの状況を数値化して、「見える化」してきました。毎月、140人くらいの一覧を作って、介護力向上委員会を開催しそれを見て個別に取り組んでいましたね。それ自体とても大変なことだと思いますが。

編集部:このあたりのバランスを上手く取られていたのですね。 佐長 :介護職員の専門性を作り出すことこそ、おむつゼロ・自立支援の取り組みの動機になっています。専門職として、腕を磨いてほしい。専門性とは自分の仕事へプライドだと思います。ここが一番大事で、専門的な技術とプライドさえあれば、コロナ禍でも、たとえ介護保険制度が揺らいでも飛鳥晴山苑は要介護高齢者に必要とされる施設として頼りにされる。だからこそ、この取り組みを通じて、「利用者を元気にする」「一歩踏み出す力をサポートすることができる」様にしていきたいと考えています。

■平等な関係性の中で、組織を作る

編集部:ありがとうございます。良くわかりました。これらの取り組みは、法人主導で進んだのですか? 佐長 :開設して3年目頃から約7年、おむつゼロに取り組んできましたが、私自身が強いリーダーシップを発揮し、提唱してきたわけではありません。むしろ理事長自身がドクターとしての長い経験の中で、高齢者の医療や介護は高齢者ご本人と看護・介護職がペアを組んで行う自立への取り組みが最も大切だと力説されていましたし、現場の介護長等がその情熱におしだされて取り組んできたというのが実際のところです。私の力はほんの少しでしたね。そもそも私自身、上意・下達が好きではないのです。フラットな関係の中で組織が作られ、動いてゆくのが良いと思っています。平等な関係性の中で仕事ができると良いと思っているので、例えば、経験がないからということで意見をつぶすことがないようにしています。その姿勢は、おむつゼロも、あるいは原価管理手法への取り組みなどでもそうでしたね。

編集部:なるほど。 佐長 :そんなフラットな関係性の中で、施設全体が一旦やろうと決めたことをそれぞれの立場で誠実にやるという風土が培われてきたという事でしょうか。リーダーシップということでは、介護現場の長である清水介護長の力が大きかったでしょうかね。旗振り役である彼女のもとに、それぞれが自律的に取り組んできたということではないでしょうか

■次の介護のビジネスモデルを模索する必要がある

編集部:確かにそれは前のインタビューの際から繰り返しおっしゃっている点ですね。飛鳥晴山苑には、そういったことをよしとする文化があると言うことが良くわかりました。次なる注力となるテーマは何かあるのですか? 佐長 :自立支援・おむつゼロの取り組みについては、例えば、この2年ほど日中のおむつ着用率が20%から先へと進んでいませんし、自立支援の働きかけもマンネリの感があります。確かに新しいテーマの必要性は感じています。例えばですが、ご利用者の自立支援と同時に、働く職員に対する支援にもう少し力を注ぎたいと考えています。介護職員から腰痛の心配を排除しノーリフティング介護の文化を構築することがその一つですし、AI機器を使った介護労働の軽快化・効率化とご利用者の安全性の向上に力を注ぎたいと思っています。 編集部:なるほど。

佐長 :その上で、次なるテーマについては、やはりコロナの影響が大きいです。新型コロナ禍は介護のビジネスモデルを塗り替える大きなインパクトだと感じています。特養というのはいわば”三密”そのもの世界、三密で初めて成り立っている事業ですからね。コロナはそんな特養的なものを破壊するパワーを秘めていると捉えています。かといって、もう一度高齢者を在宅 へと押し戻すこと、それを可能にするためのものが地域包括ケアシステムかというと、そう単純でもない様な気もしています。三密ではない、分散型の介護が可能なのだろうか?ということを否が応でも考えさせられています。いずれにせよ、一カ所集中型の介護現場そのものを大きく作り直す必要がありそうです。

編集部:そうですよね。非常に難題ですよね・・・!ただ今日は、改めて飛鳥晴山苑のケアについて話を聞けて理解が深まりました。 佐長 :いずれにしても、私自身、例えば、田上さんのパチンコの記事を読んで、現場でそんなことが行われているんだということを知りました。施設の長の知らないところで、それぞれが良いと思ったことを提案し、やり切ってみる、という風土がなんといっても大切です。私は、常々、機会あるごとに、新しいことにチャレンジする人、自分の頭で,感性で動く人に集まってきてほしいと伝えていますし、出る杭を打つのではなく、逆に伸ばす人を大切にする風土を作りたいと考えてきました。今は、偉そうに専門家づらをしていますが、もとをただせば一介の素人ですからね。是非次なるケアの実践を、いち職員として一緒に考えて行けたらと思います。

編集部:ありがとうございました!